【ミシン】1万メートル縫えますか? ~『暮しの手帖』電気ミシンの商品テスト~(1964年夏号) [ミシン購入関連]
妻の新しいミシン選びにつきあっていろいろと調べた後、ミシンについてもう少し情報が欲しいと考えてネットで検索していたところ、「暮しの手帖」でミシンの商品テストを行っていたことを知りました。地元の図書館にバックナンバーが揃っているので、さっそく取り寄せて調べてみました。
1950~1980年代の「暮しの手帖」では、主婦が使う家電製品に対して過酷な商品テストを行うことで有名でした。主に主婦が使う家電製品に対して過酷な耐久性テスト(商品テスト)のレポートを掲載していました。
ミシンは戦後世代の女性が趣味や内職用途に家庭で使う代表的な家電製品だったので、何度かテストが行われているだろうと予想していたのですが、意外なことにここで紹介する「1964年夏 第一世紀 74号」の一回のみでした。
以下、ミシンの商品テストの内容 と 当時と現在のミシン価格の比較 についてまとめてみました。
・時代背景
商品テストの記事が掲載された1964年は、高度成長期を背景に日本が急激に発展していた時代。1964年10月に開催された東京オリンピックを控えていた時期にあたります。
ミシンはこれまで足踏み式が主に使われていましたが、家庭用としてモーターを内蔵した電気ミシンの普及が始まっていました。なお、1972年の暮しの手帖にあるミシンをテーマにした記事を読むと、足踏み式のミシンを電動式に改造するということや、古い直線ミシンを下取りして新しいジグザグミシン(現在の刺繍ミシンに該当)を購入するといったことが一般的に行われていたことがうかがえます。
・電気ミシン(モーターを内蔵したミシン)について
電気ミシンには2種類に大別される。
1.直線縫いミシン ・・・直線縫いのみできるミシン。
2.ジグザグミシン ・・・ちょっとした模様でも縫えるミシン。
→この時期にはすでに模様縫いのできるミシンが登場していることがわかります。
・商品テストを実施した機種
直線縫いのミシンのみテストを実施。
・テストした機種
蛇の目 HL2-365型 (27000円)
ジューキ HW-62型
シンガー 227U3型 (36000円)
トヨタ H222型 (26100円)
ナショナル YL-330型
ブラザー HL2-B248型 (30000円)
三菱 HE3型
リッカー 6Lスーパー
→商品テスト後のレビューでおすすめ機種として挙げられていた機種のみ価格が載っていました。
・きれいな縫い目の定義
きれいな縫い目というのは、まず目が一直線にならんでいること、目の長さがどこもおなじでそろっていること、目と目の間隔が一定していること、糸のしまりが、どの目も平均してムラのないこと、そして全体として気品のあること。
縫い目のきれいなミシンとして、シンガーとトヨタを挙げている。シンガーはドレッシーなやさしい目、トヨタはスポーティーでしっかりした目と表現。
・ミシンの商品テストの方法
1.各メーカーの専門家に集まってもらい、いろいろな布をいろいろな方法で縫ってもらうことにより、各ミシンの最適な縫い方について確認。
2.長い日数をかけてミシン縫いテストを実施。(各機種につき4台ずつ実施。購入は約半年の間隔をおいて、2台ずつ(それぞれ別の店から)購入。)
どのミシンも1万メートル縫いテストを実施。30分縫ったら1時間休みを1日に5回繰り返す、というインターバルを1日に5回くりかえす。縫った布は長さ1メートルのテンジク木綿。所要期間は約10ヶ月間。
使ったテンジク木綿の布は累計の長さ1960メートル。これに使ったカタン糸は黒の60番で、500メートル巻きのものが1824個。糸の長さは累計91万2000メートル。ふつうのワンピースだと、ざっと1万数千着縫えるほどの量に相当。
3.テストに参加した人は51人。3つのグループに分け、どのミシンも同じ時間だけ動かすようにした。
4.テスト終了後、メーカーの担当者に初めと同じ方法で縫ってもらい、どれだけガタが来ているか確認を実施。
→最近我が家で購入したジャノメCK1200は「家庭用コンピュータミシンとして世界最速の1000針/分(直線縫い)を実現」とカタログに記載されおり、縫い目粗さ2.2mmの設定において、1000針/分での縫い速度が3.7cm/秒とあります。仮にこのスピードで休みなく縫ったとして、1万メートル縫うのに75.1時間(=3日間ちょっと)かかります。
普通のミシンはここまで縫い速度が速くないと思いますので、仮に半分の500針/分の速度であれば、6日間+6時間縫い続けないといけません。
・テスト結果
1万メートル縫ったあとは、はじめとくらべてみるとどの銘柄ともそんなにガタがきていない、ということが判明。どのミシンも丈夫といえる。
ただし、どの銘柄も4台のうち少なくとも1台は他の3台と比べて何かしら調子の悪いミシンがあった。いいかえると、品質にばらつきがある。トヨタのみ4台とも同じ調子だった。
ナショナルは、ランニングテスト中にたびたび動かなくなってしまったため、メーカーに直接来てもらって修理していたのだが、あまりに故障が激しいのでメーカーの方でさじを投げてしまった。その機種は製造中止になったので、テストを打ち切った。
・1万メートル縫ったあとの状況(以下、本から引用)
※1万メートルも、じっさいに布を縫ってみると、ミシンごとに、クセというか、いろんなことがわかってきます。
・テストに使ったのは、各銘柄とも4台です。約半年の間隔をおいて、2台ずつ、その2台も、べつべつの店から買いました。
・1万メートル縫ったあと、はじめとくらべてみるとどの銘柄とも、そんなにガタがきていない、ということがわかりました。おしなべて、どのミシンも丈夫だといえるでしょう。
・しかし、どの銘柄も、この4台のうち、すくなくとも1台は、ほかの3台とくらべて、なにかしら調子の悪いミシンがありました。いいかえると、ばらつきがあるということになります。
・そのなかで、ひとつ、トヨタだけは、4台とも、まず同じような調子でした。
・シンガーと日立は、各一台が、途中でモーターがダメになりました。蛇の目とリッカーは、やはり各一台に、糸切れと糸玉の非常に多いのがあります。ジューキは、大体が糸切れの多いミシンですが、その中でも1台は、とても縫う気力がなくなるくらい糸が切れます。
・ホコリに比較的つよいのは、トヨタとブラザー、よわいのはリッカーです。いくらか掃除しやすい仕組みになっているのはシンガーと日立です。
・ナショナルは、ランニングテスト中に、たびたび動かなくなってしまったのです。どのミシンも、故障したときは、こんどのテストの建てまえ上、メーカーに直接きてもらって修理したのですが、このナショナルは、あまり故障が激しいので、メーカーのほうでサジをなげました。そして、ナショナルは、この機種の製造を中止しましたので、私たちも、そこでテストを打ち切ったのです。
→ミシンを生産中止に追い込むほどインパクトのあるテストだったんですね
・ミシンに対するコメント
電気ミシンでもスピード調節によって細かい作業ができる。
糸が切れやすいミシン、目が飛びやすいミシン、糸玉の出来やすいミシンは困るが、そういうミシンがある。
ミシンの調整メモリは操作しにくかったり表示がわかりにくかったりするので、要改善。
ボビンケースが出し入れしにくかったり、交換時にランプの光がさえぎられて中がよく見えないという問題がある。
・ミシンの使い勝手に関する指摘事項
いくらかマシなほうは、蛇の目とブラザーとシンガー。どうにも不親切でやりきれないものといえば、リッカー。
蛇の目は、補助板がひろいことと、アームの下のあきがたっぷりしていることが、せめてもの救い。
ジューキは、ランプの位置がアームの下にあるのとそのスイッチを手探りで探さねばならないのが、おまけの欠点。
シンガーは、糸をかける手順が、こんどテストした中では、いちばんらくなこと、補助板がしっかりしていることが、よい点。欠点は、ジューキとおなじくランプとスイッチの位置が悪くて作業が困難となること。
トヨタは、バック縫いの押しボタンの遊びが多すぎるのが追加の欠点。
日立で、いちばんわるい点は、糸がかけにくいこと。おしまいあたりの、針にちかいところのひっかけピンが奥に入りこんでいるために、とても一度でうまくかからず、ひとによっては、十数回やりなおしたという例もあった。
日立で、もうひとつ目立ってわるいのは、目巾の調節。ほかのミシンは、たいてい1動作か2動作でできるのに、日立は、6動作もいるし、しかも、両手を使わねばならない。ただ、ランプにあかりとりの窓があることと、アームの下がひろいことが、せめてもの救い。
ブラザーは、配線関係がまことに不手際。これまでの足ぶみミシンに、シロオトがモーターをとりつけたら、こんなことになりそうで、どうみたって完成した電動器具とはいえない。
三菱は、電気のプラグが無神経すぎる。逆に差しこむとトタンに針が全速で動きはじめるから、とても危険。これはプラグの形をかえて、逆に差しこめないようにすべき。
リッカーは、ほかのメーカーとくらべていい点がなく、かなり評価が悪い。
・フットコントローラーについて
三菱のみ一杯にふみこんだときに出せる速さを好きなように変えられるようになっている。ただ惜しいことに、形がよくない。傾斜がつよすぎる。
他のメーカーのフットコントローラーは一杯に踏み込むとおそろしいスピードで布が走り始める。ほどよい速さで縫おうとおもえば、足をいつも宙ぶらりんで支えていなければならない。これは神経を使うため、疲れる。
シンガーは、コントローラーをどんなに一杯にふみこんでも、そんなにものすごい速さで走らないように設定されている。家庭用のミシンは、これぐらいスピードが出れば十分。
ブラザーは、やはりすごく速いが、フットコントローラーのばねの反発がつよいため、ちょっと足がさわっただけで全速力ですっとぶ、といった心配がない。
・重量について
シンガーは<持ち運びに便利・・・どこでも手軽に>とチラシに書いてあるのに、テストしたミシンの中で一番重く、21キロもある。
日立、ブラザー、蛇の目、ジューキ、リッカーはどれも19キロ前後。ふつうの女性にとってはどれも重すぎる。
ミシンは、洋服だんす・三面鏡とならんで嫁入り道具の三種の神器なので、見せるための飾り道具としてあえて重い仕様になっているのではないかと推測。
・足踏み式ミシンとの比較
比較としてテストした50年前のシンガーの足踏み式ミシンでも気持ちよく縫える。
ただし、電動式ミシンは初めてミシンに向かった人でもその日から縫える(足踏み式だと逆転してしまうことがあるので、慣れが必要)、疲れずに縫える、力があるので厚手のものでもらくに縫えるというメリットがある。
・まとめ ~どのミシンを買ったらいいか~
1.電気ミシンは、足踏みミシンより、いろんな点で使いやすい。しかし、いま足ぶみ式で間に合っているのなら、もちろん、わざわざ買い換えるほどのものではない。いま出ているのは、どれも電動器具としては、まだ未完成の商品。
2.こんどテストしたなかには、おすすめできるミシンは、ひとつもない。
3.しいていえば、性能の点でシンガーをすすめる。ねだんが1万円ぐらいほかのより高いので、その点も考え合わせると、トヨタお買いどく、それにつづいてブラザー、すこしの差で蛇の目、ということになる。そのほかのミシンは、いろんな点で評価がすこし落ちる。
4.全部のミシンを通していえることは、やたらに重いことと、やたらにカサばること。
5.シンガー以外は、どれもスピードが出すぎる。家庭用では、あんなに早くする必要はない。
6.どれも、あたり外れの多い商品なので、銘柄にだけたよって買うのは危険。購入の際には、できることならミシンをふみなれた人に一緒に行ってもらい、試し縫いの布を持参して、いくつかのミシンで、じっさいに縫いくらべてみることを推奨。
7.万一使っていて、どうしてもうまく縫えないことがあったら、たいていの場合、それは使い方がわるいのではなく、その機械が悪い。
8.メーカーへ ― せめて私たちの縫った半分でもいい、じっさいに縫ってみて欲しい。じっさいに縫えばすぐ気がつくようなミスが多すぎる。
・商品テストにかかった費用の内訳
電気ミシンテストが掲載されている号の最後のページにある編集者欄に、「商品テストにいくらかかるか」と題して商品テストで実際に支払ったお金の詳細が公開されています。雑誌の商品企画にいったいどれぐらいのお金が必要なのか開示されている貴重な資料ですので、現在の物価と比較みてみました。
電気ミシンのテスト費(内訳)
ミシン購入費 1,012,500円
布地代 266,631円
糸代 83,034円
協力グループ謝礼 928,600円
外部委託試験料 202,400円
雑費 137,744円
---------------------------------------
合 計 2,630,909円
※ただし、この費用には暮しの手帖研究室や編集部の諸経費を含まず。
→実際にはさらに人件費や固定費がかかっていることになります。
注記:
・ミシン購入費はテストしたミシン(34台)と参考として購入した英国製ミシン1台分。
・協力グループ謝礼とは、おもにミシンのランニング・テストのために暮しの手帖協力グループの中から毎日研究室へ通える人に対して支払った費用。一日単位で延べ人数は366名。
・ランニングテストに要した日数は154日、テストの延べ時間は4482時間。
・雑費は、メーカーにきてもらって縫いテストをしたときや、ランニング・テスト中に機械の掃除などで遅くなったときの食事代、取り替えた機械の部品代、ハサミ、ミシンオイル代など。
記事中のコメントとして、ミシン代がざっと百万円であるのに対し、ランニング・テストの方は百四十万円かかっており、他のテストにおいても商品の購入費用よりテスト費用の方が多くかかると指摘しています。
・ミシンテストの時給の推算
「協力グループ謝礼」をテストの延べ時間で割ると、ランニングテストの時給になります。
計算: 928600(円)÷4482(延べ時間)=207.2(円/時間)
実際には交通費などもかかるので、正味の時給は 200円/時 ぐらいでしょうか。
<現在のミシン価格と当時の価格との比較>
・テストした機種の中で、おすすめ機種のみ価格が載っていました。
蛇の目 HL2-365型 (27000円)
シンガー 227U3型 (36000円)
トヨタ H222型 (26100円)
ブラザー HL2-B248型 (30000円)
価格は国産が3万円程度、シンガーのみ高め。ジグザグミシンはさらに高価だったと考えられます。例えば、1972年の時点ではジグザグミシンは直線ミシンより約1万円高いという価格設定だったようです。
・ミシンの価格 参考サイト
ジャノメミシンの歴史(ジャノメ) ジャノメで発売されたミシンの代表機種と価格の記載あり。
古いミシンの販売価格一覧(よろずや) ブラザー、蛇の目、リッカー、JUKI
1964年の消費者物価指数および大卒初任給を2000年代と比較すると、現在は物価が約4倍、大卒初任給が約8倍(当時は2万4千円程度)になっています。たとえば、公務員の大卒初任給は1964年:19100円、2007年:181200円(=1964年の9.5倍)です。
ミシンの価格帯は現在の販売価格に換算すると10~20万円程度でしょうか。ただし、昔は物価と比較して給与水準が低かったため、大卒時点で購入しようとすれば給料の数か月分が必要となります。長い期間貯金したり、あるいは月賦で購入したりすることになるでしょう。
現在のミシン販売価格は希望小売価格に対する値引率が高いので、当時も実際にはいくらか割引して販売されていたのかもしれません。それでも、気軽に買える商品でなかったことは確かです。
商品テストに要する経費については、物価が4倍になったと仮定すると現在の貨幣価値に換算して1000万円強ということになります。昨今の出版不況の世の中を考えると、こんなに潤沢な予算を使った雑誌企画は夢のような話に思えるかもしれません。
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